京都と奈良の県境・木津川市高の原にてフランス菓子を中心とした洋菓子・シュガークラフトの教室=
AKIお菓子教室をはじめて22年。
精白されてない材料を使った身体に優しい「茶色いお菓子マスターコース」を2015年より開講。
2009年から始めた「お菓子の通信講座」は、全国45都道府県に受講生が居てくださり、ありがたいです。
益々みなさまに喜んでもらえます様、簡単美味のお菓子を追求中です。
近藤亜紀(藤田亜紀)お菓子教室 主宰
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PROFILE

AKIお菓子教室 近藤亜紀(藤田亜紀)

ノートルダム女子大学文学部生活文化学科を卒業後、首藤夏世先生(京都)に
”京のおばんざい”を学び、「食」に目覚める。
フランス菓子、フランス料理、パンをコム・シノワ(神戸)の莊司索シェフ、
大森由紀子先生(東京)などに師事。
1994年渡欧。パリ(ホテル・リッツ)、ドイツ、オーストリアにて洋菓子を、
イギリスにてシュガークラフトを学ぶ。
1996年AKIお菓子教室・シュガー教室を開設。
2004年よりノートルダム女学院高校の特別講師を務める。
2009年より「お菓子の通信講座」を初め、現在では43都道府県に受講生をもつ。
2015年より「茶色いお菓子マスターコース」を始める。

有名レストランでスイーツの商品開発にも携わる。

2児の母である傍ら、簡単でおいしいお菓子の研究に励む。

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INTRODUCTION

今日に至るまでのお話


幼少の頃
 私のお菓子の原点は、幼稚園から帰ってきたら、おばあちゃんが作ってくれたホクホクのプ リンやドーナツetc.
の"おやつ”の様な気がします。
 料理上手なおばあちゃんが、手を変え品を変え色々なおやつを食べさせてくれた味の記憶をたどって今がある様な。

 小さい時は、活発で男の子達を従える女親分。
「物をつくる事」が大好きで、常に何か工作していた様に思います。


学生時代
 中学から大学まで、エスカレーターの私学へ通ってましたので、受験がない分学生時代 は存分に遊びました。
厳しい学校で、寄り道禁止にもかかわらず、学校帰りはいつも友達と ケーキ屋さん巡り。
大学の時には、当時京都北山にあったBAL直営のモンプティッシュというケーキ屋さんと
大学近くにあったランチの美味しいカフェでアルバイトし、多くの事を教えてもらいました。


なんちゃって社会人時代
 大学卒業後、京都府立医科大学にて、教授兼医局秘書を務めていました。
段取りを考えるのが好きなので、割と性に合っていて、楽しく仕事していました。
 勤務して2年目の頃、「これからの女性は、何か手に職をつけるべきね」と、
ふともらした母親の言葉がきっかけとなって退職し、
自分探しの旅に出ました。
 そして、たどりついたのが「お菓子づくり」でした。 


「食」に目覚めた当初
 退職後、まず「京のおばんざい」で有名な首藤夏世先生の門下生として入門しました。
 首藤先生 は、とても厳しくpowerfulで、こだわりを持った方でした。
行く前に緊張して、胃が痛くなる 日もありましたが、首藤先生からは「こだわり」や「段取り」「プロ意識」など
色んな事を学びました。
習ってきたMENUを帰って復習すると、家族や知人がとても喜 んでくれ、美味しい食事がもたらす幸せを
改めて感じました。
 首藤先生の娘さん、谷岡瑞穂先生がお菓子教室をされてましたので、通う事になりました。
もともとお菓子作りが好きだった私が、お料理もいいけど、やっぱりコレだ!と思ったのもこの時でした。

 それからというもの、明けても暮れてもお菓子を作り続ける日々が続きました。
美味しいお菓子屋さんを見つけては、全国どこへでも飛んで行って食べたり、学びました。
色々なすばらしい師について、その人の「こだわり」を学び、徐々に自分の「こだわり」を 確立させてきた様に思います。


思い悩んだ頃
 最初目指したのが、フランス料理のフルコースをしめくくるデザートシェフの様な菓子職人でした。 
神戸にあるレストランーコム・シノワーで頂いた「ミルフィーユ」と「天使のクレーム・ キャラメル」は、
私を夢の世界へ運んでくれる程美味で、その時の感動は今でもはっきり覚 えてます。
その反面、ショックでした。プロの職人=男の仕事という現実を目の当たりにして悩みました。
 そんな時、奈良でご活躍のガトー・ド・ボワを経営される林シェフが
「レベルが違うのではなく、ジャンルが違うと思えばいい」と言ってくれました。
目からウロコでした。女性にしか作れないお菓子もあるのだと。


シュガーケーキとの出会い
 肩の力を抜いてお菓子作りと向き合えるようになった頃、シュガーケーキと出会いました。
シュガーケーキはアニバーサリーケーキと呼ばれるほど、人生の最良の日の「幸せ」を
ケーキと共に分け合う素敵なケーキです。

 写真館を営む両親から「人生における素晴らしい瞬間と関われるお仕事。
お客さんから幸せを分けてもらって生きてる様な気がするのよ」という話を聞いて育ちましたので、
アニバーサリーケーキと呼ばれるシュガーケーキに魅せられたのも当然だったかも知れません。


パリ・ドイツ・イギリス行き
 パリでは、ショックの連続でした。完成度の高さ、洗練されたセンス。
何をとっても一 流。最近でこそ日本も負けてはいませんが、当時は相当レベルの違いを感じました。

 イギリスでは、先生の家にHome Stay して一日中シュガークラフトのPrivate Lesson。
好きな事を思う存分伝授して頂ける本当に幸せな日々でした。

 ドイツでは、ドイツ人の友人の家でやっかいになり、毎日ケーキを食べては作って研究に励みました。
このままドイツに住んでしまおうか?と思う程、私にとって居心地の良い国でした。

 これら海外で、得たもの。技術や感性に加えて、師としての姿もあげられます。
意欲のある者には自分の全てをさらけ出して熱意を持って教えて下さいました。
「AKI 私の全てを修得して日本に持って帰りなさい!」と言われた時は嬉しかったし、
師として、「あーこうでなければ!」と思いました。


帰国後~結婚
 帰国後、テンション高いまま、焼き菓子(主にクッキー)をお店に卸す仕事や
Order Made でお菓子やWedding Cake、デパートのショーウィンドウ用のケーキを作った り、
講師として招かれたり、次々と雑誌の取材を受けるなど多忙な日々が続きました。
「この子、お菓子に夢中で結婚しないのかしら?」と家族に心配をかけていた頃、主人と知り合いました。
 彼は、240年創業の京都の漬物屋の次男として生まれ、2年間カナダに留学してましたから、
似ている所も多く、意気投合し、一瞬で結婚が決まりました。
 AKIお菓子教室とシュガー教室を初めて、半年後の事でした。

今のうちにもう一度ウィーンへ
 「帰ったら、必ず子供を産みますから!」と宣言し、結婚後ウィーンへ短期ですが飛びました。
泡たて器を一切使わず、全て腕で作業をするあたり。
作り方全てがダイナミックで驚きました。洗練されたパリとは違った意味での京都とよく似た「気品」を感じました。


子育て時代
 宣言通り?結婚1年後に長女をみごもり、臨月まで仕事しましたが、
「これからしばらくは、母としての喜びを噛みしめよう!」と子育て中心の生活に切り替えました。
お菓子教室は、子供がいててもいい!と言ってくれる生徒さんばかりだったので、生後3ケ月から再開しました。
長女と2年あけて次女を出産。この時も3ケ月間だけお休みしました。

 現在、二人の娘は19歳と17歳。「膝の上の我が子」の時期を存分に楽しみ、
今は私を助けてくれるまでにも成長してくれました。 


遂に夢が実現
 2008年9月 自宅以外にアトリエを持つという夢が遂に実現しました。
自宅で行っていた教室でしたが、いつかは教室専用のキッチンを持つゾ!と、これは結婚前からの夢でした。 
 主人が自宅近くに事務所を移転したいと言い出したのがきっかけでした。
「念ずれば花開く」という言葉がありますが、強く願い続け、強くイメージすると実現するんだなと
確信出来た事でもありました。


教室を初めて22年
 今年で教室を初めて22年になりました。
昔の名作レシピを(笑)とのリクエストにお応えすることはありますが、
21年間、レシピが重なる事なく日々精進!の精神で教室を続けてきました。
結婚されても出産されても教室に来て下さ る方が多いのは、本当に嬉しい事です。
 これからも、お菓子を通じて、互いに触発し合い成長し合える、元気の出る教室作りを
務めたいと思っています。

 お菓子を通じて、素晴らしい人との出会いが沢山ある事。
これが私の財産の様な気がします。


これからも、素晴らしい出会いが沢山あります様に...
また次なる夢に向かって...
お菓子を作り続けます。


==随分長い分を最後まで読んで下さって、有り難うございました。==